雇用契約の形態を考える ― 「とりあえず有期」の背景にあるもの、無期・有期それぞれに宿る意味と、中途解約をめぐる労使の思い違い
雇用契約の形態は「無期」と「有期」の2つに大別されますが、現場ではその違いが十分に意識されないまま契約が結ばれていることも少なくありません。「様子を見たいから有期で」という経営者の感覚の裏には、事業の不確実性や採用への不安があるのでしょう。一方、被用者の側にも有期契約の意味が届いていない場面が見受けられます。本記事では、神奈川で全国の中小企業と関わる社会保険労務士の視点から、雇用契約の形態をめぐる考え方の背景を、労使双方の気づきの手がかりとして整理してみます。
1. 雇用契約の形態を「二択」で捉える前に ― 制度と時代の背景
雇用契約は、労働契約法や労働基準法の枠組みの中で、期間の定めがない「無期雇用契約」と、期間の定めがある「有期雇用契約」の2つとして整理されます。ただ、この二分法は制度上の入口にすぎず、実際には「正社員なのに短時間」「パートなのに無期」といった組み合わせもあり得ます。厚生労働省の各種調査でも、有期契約労働者の比率はおおむね全労働者の3割前後で推移していると言われ、決して例外的な働き方ではありません。ここではまず、「無期/有期」というラベルの背後にどのような法的な意味と時代の変化があるのかを、いったん経営判断の是非から離れて眺めてみたいと思います。
1-1. 無期雇用契約の意味 ― 「終わりを定めない」ことが持つ重さ
無期雇用契約とは、契約期間を定めないで結ばれる契約です。世間的には「正社員」と重ねて理解されがちですが、法律上は勤務時間の長短や賞与の有無で決まるものではありません。パートタイマーでも無期契約はあり得ますし、逆にフルタイムでも有期契約はあり得ます。無期であることの本質は、「いつ終わるかを最初から決めていない」という点にあります。だからこそ、契約を終わらせるには労働契約法第16条が要求する高いハードル(解雇権濫用法理)が意識されることになります。無期を選ぶということは、それだけ長い時間軸で相手との関係を引き受ける、という意味を含んでいる、と考えると、契約の重さが少し違って見えてくるかもしれません。
1-2. 有期雇用契約の意味 ― 「終わりが決まっている」ことの両義性
有期雇用契約は、契約期間を定めて結ばれる契約で、労働基準法第14条により原則3年(専門職・60歳以上等は5年)が上限とされています。期間が来れば契約は自動的に終わる、というのが出発点ですが、その一方で、契約期間の途中では、労使いずれからも簡単には終了させられないという側面があります。労働契約法第17条は「やむを得ない事由」がなければ期間途中の解雇はできないと定めており、実はこのハードルは通常の解雇よりも高いと解されています。「終わりが決まっている」ことは、経営者にとっては安心材料に見え、被用者にとっては不安材料に見える。しかし法律の目線では、その両方に重い意味が含まれているのです。
1-3. 無期転換ルールと社会の潮流 ― 「非正規=調整弁」だった時代の変化
2013年施行の改正労働契約法第18条により、有期契約が通算5年を超えて更新されると、労働者側に無期転換の申込権が生じる仕組みが設けられました。加えて、2020年施行のパート有期法による同一労働同一賃金、2024年4月からの労働条件明示ルールの改正など、「有期は安く柔軟に使える人材」という前提は制度上少しずつ後退しています。長らく非正規雇用は景気の調整弁のように扱われてきましたが、人手不足と法制度の変化のなかで、その位置づけは静かに書き換えられつつあります。無期・有期の選択を考えるとき、こうした流れが背景にあることを頭の隅に置いておくと、日々の判断の見え方が変わるかもしれません。
2. 経営者が意識したいこと ― 「様子を見たい」の奥にあるもの
社労士として中小企業の現場を訪ねると、「まずは有期で様子を見て」というフレーズをよく耳にします。この感覚自体はごく自然なもので、事業の先行きが読みにくく、目の前の応募者が実際にどのように働くかも分からない中で、経営者が保守的な選択に傾くのは無理からぬことです。ただ、その「様子見」の内実をよく見ていくと、契約形態の選択で解こうとしている問題と、契約形態では解けない問題とが、混ざり合っていることが少なくありません。ここでは、有期・無期を選ぶ場面で、経営者が立ち止まって考えてみるとよい論点をいくつか挙げてみます。
2-1. 「有期で様子を見る」で解けていること・解けていないこと
「合わなければ期間満了で終われる」という発想は、契約形態をリスクヘッジの道具として捉える見方です。しかしこの見方だけでは、期間中に生じるミスマッチにどう対応するのか、更新の可否をどのような基準で判断するのか、といった問いは棚上げになりがちです。試用期間という制度は本来、無期契約の中で初期の適性を見極めるために設けられているもので、有期契約と役割が重なる部分もあります。「様子を見る」目的が適性の見極めなのか、事業の不確実性への備えなのかを切り分けて眺めると、契約形態の選び方も少し違って見えてくるかもしれません。
2-2. 業務の性質と契約形態のかみ合わせ
有期・無期の選択は、担当してもらう業務の性質と切り離して考えにくいテーマです。恒常的に発生する業務なのか、特定のプロジェクトや期間限定の受注に紐づく業務なのか。代替が効きやすい業務なのか、その人にしか頼めない専門性を伴う業務なのか。育成や評価に長い時間がかかる業務なのか、短期で完結する業務なのか。業務の輪郭がぼんやりしたまま契約形態だけを選ぶと、後になって「思っていた働き方と違う」というズレが表面化しやすい、というのは現場でよく感じるところです。
2-3. 2024年改正で変わった「書面で伝えるべきこと」
2024年4月から、労働条件通知書に、①有期契約の更新上限の有無と内容、②無期転換申込機会と転換後の労働条件、③就業場所・業務の変更の範囲を明示することが求められるようになりました。これは労働基準法第15条を土台にした強行的なルールで、契約締結時と更新時の双方で書面による通知が想定されています。制度の詳細以上に興味深いのは、「更新するかどうかは、そのとき考える」というグレーな運用が、法制度の側から徐々に許容されなくなっているという流れそのものです。契約書のひな型を見直すきっかけとして、この改正を眺めてみるのも一つの視点です。
2-4. 「書類が残っていない」ことが意味するもの
社労士として人事・労務のお手伝いをしていて気になるのは、雇用契約書の空欄、更新記録の不在、退職時の書類の欠落です。書類が残っていないこと自体が直ちに違法というわけではありませんが、そこには「その従業員との関係を、どのような輪郭で捉えていたか」が見えにくくなるというリスクが潜みます。トラブルが起きたときに主張を裏づける材料が乏しいだけでなく、経営者自身が採用や人事の判断を振り返る手がかりも失われます。書面の整備は形式の問題であると同時に、経営者が自らの人事判断を可視化しておく作業でもある、と捉え直してみると意味合いが変わってくるように思います。
3. 被用者にも知っておいてほしいこと ― 有期契約が持つ「約束」の重み
有期雇用については、経営者側の関心が語られる一方で、被用者の側の理解が置き去りになっていることがあります。「有期だから気軽に辞められる」「合わなければ次を探せばよい」といった感覚は、必ずしも法律上の位置づけと一致しません。契約期間を定めるということは、労使の双方が「その期間はお互いにこの関係を維持する」という約束をしている、というのが法律の前提です。ここでは、中途解約・雇止め・退職手続きの3つの局面に触れながら、被用者の側も知っておくと視界が広がるであろう論点を挙げてみます。
3-1. 期間の途中で辞める・辞めてもらう、ということの意味
使用者側からの期間途中の解雇は、労働契約法第17条により「やむを得ない事由」が求められ、通常の解雇より厳格に解釈される傾向があります。他方、労働者側からも民法第628条により、原則として期間途中の一方的な退職は難しく、事情によっては損害賠償のリスクも語られます(労働基準法第137条により、契約初日から1年経過後の退職には別の考え方が示されています)。「有期なら簡単に切れる/簡単に辞められる」というイメージが、実は法律の建て付けとはかなり違っている、という点は、労使いずれの側にとっても意外に感じられるかもしれません。
3-2. 「更新しない」ことが自由にはならない場面
契約期間が満了すれば、契約は自動的に終わるのが原則です。ただし労働契約法第19条は、①更新を繰り返してきて実質的に無期と同視できる状態、または②労働者が更新を期待することに合理的な理由がある状態では、雇止めが解雇と同様に評価されると定めています。裁判例では、更新手続きが形だけになっていた、上司が「ずっといてね」と発言していた、業務内容が正社員とほとんど変わらなかった、といった事情が、更新期待を裏づける材料として扱われることがあります。「有期だから終わらせるのは自由」というイメージと、更新運用の実態との間に、思いのほか距離があることに気づかされる領域です。
3-3. 退職の場面に残しておきたい「記録」の意味
退職の場面で書類が残っていない、というのは中小企業では珍しくない光景ですが、そこには労使双方にとって見えにくいリスクがあります。退職届が残っていなければ、後日「自ら辞めたのか、辞めさせられたのか」の輪郭がぼやけますし、失業給付や助成金の要件確認でも根拠が薄くなります。被用者の側から見ても、貸与物の返還や有給の精算といった手続きが曖昧なまま関係が終わることは、後になって不利益に響くことがあります。書面を残すという行為は、関係を終える瞬間に、その関係を振り返る材料を残しておく作業なのだ、と捉えると意味が違って見えてくるように思います。
まとめ:雇用契約の形態を、判断の道具から、関係を見つめ直す視点へ
雇用契約の形態は、制度としては無期・有期の二択ですが、そこに込められた意味は、「切りやすさ」「辞めやすさ」といった感覚的なイメージよりも、ずっと立体的です。無期には長い時間軸で関係を引き受ける重さがあり、有期には期間中の約束をお互いに負う重さがある。そのどちらを選ぶかは、事業の性質・業務の輪郭・人との関わり方が交差する場所で、静かに決まっていくものなのかもしれません。労使いずれの立場からも、自分たちが結んでいる契約の意味を、時折立ち止まって眺めてみる。そんな時間が、日々の人事や働き方の景色を少し変えていくように思います。