CONTENTS コンテンツ

労働条件通知書とは?雇用の前に考えること・決めるべきこと【神奈川の社労士が解説】

スタッフブログ

2026.09.08

「労働条件通知書」は、労働基準法第15条によって交付が義務づけられた書面です。しかし実務の現場では、「まず働き始めてもらってから条件を詰める」という見切り発車の雇用が後を絶ちません。本記事では、神奈川県を拠点に全国の中小企業を支援する社会保険労務士の立場から、労働条件通知書の基本と、雇用前に経営者が決めておくべき事項、そして条件を曖昧にしたまま雇用を始めることのリスクを分かりやすく解説します。

1. 労働条件通知書とは何か-制度の基本と時代の変化

労働条件通知書とは、労働基準法第15条第1項に基づき、使用者が労働者を雇い入れる際に、賃金や労働時間などの労働条件を書面等で明示するための書類です。根拠となる施行規則第5条には、明示すべき項目が具体的に列挙されており、このうち契約期間・就業場所・業務内容・始業終業時刻・賃金・退職に関する事項など6項目は、必ず書面(またはPDF・メール等の電子形式)で交付しなければならない「絶対的明示事項」とされています。

かつての日本企業では「口約束で採用し、細かい条件は働きながら決める」という慣行が珍しくありませんでした。しかし労働者の権利意識の高まりや働き方の多様化を背景に、行政・企業双方で「雇用前に書面で明確化する」流れが強まっています。2024年4月には労働基準法施行規則が改正され、明示事項がさらに拡充されました。

1-1. 労働条件通知書の法的位置づけ(労基法15条・施行規則5条)

労働基準法第15条第1項は、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定めています。具体的な明示事項は労働基準法施行規則第5条に列挙されており、契約期間、就業の場所・業務の内容、始業・終業の時刻、賃金の決定・計算・支払方法、退職に関する事項(解雇の事由を含む)などが「必ず書面で明示すべき事項」とされています。これらを怠った場合、労働基準法第120条により30万円以下の罰金の対象となり得ます。

1-2. 「言った・言わない」トラブルはなぜ起きるのか-口頭約束の限界

面接時に口頭で条件を伝えるだけでは、「聞いていた条件と違う」というトラブルの温床になります。労働基準法第15条第2項では、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除できると定められており、口頭合意だけに頼った採用は、労使双方にとって不安定な出発点となります。書面化は単なる事務手続きではなく、認識のズレを事前に防ぐための最も確実な手段です。

1-3. 2024年4月の明示ルール改正で何が変わったか

2024年4月1日から、施行規則の改正により明示事項が追加されました。主なポイントは次の3つです。
追加された明示事項対象・タイミング
就業場所・業務の「変更の範囲」すべての労働契約の締結時・有期契約の更新時
更新上限(通算契約期間・更新回数の上限)の有無と内容有期労働契約の締結時・更新時
無期転換申込機会・無期転換後の労働条件無期転換申込権が発生する契約更新時

特に「変更の範囲」は、将来の配置転換や転勤、担当業務の変更の可能性がある企業では必須の記載事項であり、雇用前にどこまで柔軟性を持たせるかを経営者自身が決めておく必要があります。

1-4. 労働条件通知書と雇用契約書の違い

労働条件通知書は労働基準法を根拠とする「使用者から労働者への一方的な通知書面」であり、労働者の署名・押印は本来不要です。一方、雇用契約書は民法を根拠とする双方合意の「契約書」であり、社会保険・雇用保険手続きの根拠資料として使われることも多く、実務上は「雇用契約書(兼労働条件通知書)」として一体化して交付する企業が増えています。どちらの形式を採るにせよ、雇用前に内容を固めておくことが前提となります。

2. 「雇用してから条件を決める」ことの落とし穴-経営者が負うリスク

人手不足を背景に、「とりあえず来てもらって、条件は追って詰める」という採用が増えています。しかしこれは、法令違反のリスクだけでなく、社会保険手続きの遅延や早期離職といった経営上の実害にも直結します。労務相談の現場では、こうした見切り発車の採用が原因で、後から労使トラブルや行政指導につながるケースを数多く見てきました。

2-1. 労基法違反による罰則リスク(30万円以下の罰金)

労働条件を明示せずに就労を開始させた場合、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科される可能性があります。「忙しくて後回しにした」「口頭で伝えたから大丈夫」という認識のまま数か月が経過し、労働基準監督署の是正勧告を受けて初めて問題に気づく事業主も少なくありません。

2-2. 「言った条件と違う」は労働者側の即時解除権につながる

明示条件と実態が異なる場合、労働者は即時に契約を解除できます。採用直後に「聞いていた給与・勤務地と違う」と主張されれば、採用コストが無駄になるだけでなく、退職代行やSNSでの発信を通じて企業の評判に影響することもあります。条件を曖昧にしたまま働かせることは、経営者自身が労使トラブルの種をまいているのと同じです。

2-3. 社会保険・雇用保険手続きへの支障

雇用契約の内容(労働時間・賃金・雇用期間の見込みなど)が確定していなければ、社会保険・雇用保険の加入手続きに必要な情報が揃わず、届出が遅延するケースがあります。加入手続きの遅れは、労働者にとって保険給付が受けられないリスクにも直結するため、雇用開始と同時に手続きができるよう、条件は事前に固めておく必要があります。

2-4. 早期離職・採用ミスマッチという経営コスト

条件を詰め切らないまま採用すると、入社後に「思っていた仕事内容・待遇と違う」というミスマッチが顕在化しやすくなります。中小企業にとって、求人広告費・面接対応の人件費・教育コストをかけた人材が数か月で離職することは、資金的にも組織的にも大きな損失です。労働条件通知書の作成プロセスは、こうしたミスマッチを雇用前に洗い出す「最終チェック」の役割も果たします。

3. 雇用前に決めるべきこと-経営者が押さえるべきチェックポイント

労働条件通知書は、単に「書類を作る作業」ではなく、雇用に関する意思決定を雇用前に済ませておくためのツールです。ここでは、中小企業の経営者が採用の前に固めておくべき具体的なポイントを整理します。

3-1. 必ず明示すべき「絶対的明示事項」とは

労働基準法施行規則第5条に基づき、次の事項は書面で必ず明示する必要があります(昇給に関する事項のみ書面交付は任意)。
No.明示事項
1労働契約の期間
2就業の場所・従事する業務の内容(変更の範囲を含む)
3始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩・休日・休暇
4賃金の決定・計算・支払方法、締切り・支払時期
5昇給に関する事項
6退職に関する事項(解雇の事由を含む)

これらを一つでも詰め切らずに就労を開始すると、後から修正が困難な項目(特に賃金や業務範囲)でトラブルが起きやすくなります。

3-2. 契約社員・パート・有期雇用で特に注意すべき点

有期契約の場合は、契約期間に加えて「更新の有無」「更新上限(通算契約期間・更新回数)」「無期転換に関する事項」も明示が必要です。特に更新上限を後から新設・短縮する場合は、契約更新前のタイミングで労働者にその理由を説明することが求められます。雇用形態ごとに必要な項目が異なるため、正社員用のひな形をそのまま流用すると記載漏れが生じやすい点にも注意が必要です。

3-3. 「変更の範囲」をどう書くか-2024年改正への実務対応

2024年の改正で追加された「就業場所・業務の変更の範囲」は、将来の配置転換や職種変更の可能性を事前に示す項目です。転勤や部署異動を想定していない場合は「変更なし」、幅広い異動を想定する場合は「会社の定める事業所」「会社の定める業務」といった記載も可能です。ここを曖昧にしたまま採用すると、後日の配置転換が「聞いていない」との主張を招きかねません。採用前に、自社の人事異動の方針そのものを整理しておくことが実務上のポイントです。

3-4. 中小企業が今日からできる3つの備え

  • 厚生労働省のモデル様式を活用する:自己流の書式より記載漏れを防ぎやすく、2024年改正にも対応済みです。
  • 面接前に条件を確定させる:面接で口頭提示する条件と、通知書に記載する条件を一致させる体制を整えます。
  • 雇用形態別のひな形を用意する:正社員・契約社員・パート・アルバイトごとに、明示すべき項目の抜け漏れがないかチェックリスト化します。

3-5. 社労士に相談するメリット

労働条件通知書の作成は、単なる書式の穴埋めではなく、就業規則との整合性、社会保険・雇用保険の適用要件、将来の人事異動の方針など、経営判断そのものと密接に関わります。社会保険労務士に事前相談することで、自社の実情に合った条件設計と、法改正への対応漏れの防止を同時に進めることができます。

まとめ:雇用は「始める前」にすべて決まっている

労働条件通知書は、労基法第15条で交付が義務づけられた書面であり、賃金・就業場所・業務内容・契約期間などの絶対的明示事項を、雇用開始前に確定させておくためのツールです。「働き始めてから決める」見切り発車の採用は、罰則リスクだけでなく、契約解除・社会保険手続きの遅延・早期離職といった経営上の実害を招きます。2024年改正で追加された「変更の範囲」への対応も含め、採用前の条件整理を徹底することが、経営者自身とスタッフを守る第一歩です。

この記事をシェアする